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ターゲットは”当てる”のではなく”描く”気持ちで考える:誰でもデジタル時代のマーケティング思考  第3回

本連載では、マーケティング/人材育成プランナーであり青山学院大学経営学部講師である山本直人氏を迎え、この「デジタル新時代」にどのような思考で「マーケティング」と向き合うべきか、皆さまのマーケティングスキルの習熟度をひも解きながら、あらためて「マーケティング」の基本をおさらいしていきます。

第3回となる今回は「ターゲットは”当てる”のではなく”描く”気持ちで考える」と題してお送りします。

第1〜2回はこちら。

※本記事は、広告運用とマーケティングの情報サイトUnyoo.jpに2022年5月31日に掲載されたものの転載です。情報、肩書、所属等はUnyoo.jp掲載当初のものです。

もっともホットなテーマの「ターゲティング」論

ものすごく当たり前のことですが、マーケティングでは「顧客」を起点に考えます。そうなると、「どのような顧客を対象とするのか?」と考えることになります。

そこで、「ターゲット」という考え方が出てきました。Targetは「標的」という意味ですが、マーケティング上の用語として当たり前になってきました。

ちなみに「この曲のターゲットは私じゃないから」という言い回しを一般の人が話していたのを平成元年に聞いたことが記憶に残ってます。なぜ覚えていたかというと、そう言ったのが小学生だったからです。つまり相当前から企業側の意図は見抜かれていて、それを承知の上で消費をしているのだと言えるでしょう。

そのターゲット論は、今世紀に入った頃から大きな変化を見せました。そこで最も議論の対象になったのは「デモグラフィック」によるセグメントと、それを基にしたターゲット設定だったと思います。

典型的な「性・年齢」による区分、たとえば「30代女性」や「50代男性」のような設定に頼り過ぎていないか?ということが大きなテーマとなりました。

その背景をまず振り返っておこうと思います。

なぜデモグラフィック依存が問題だったのか?

デモグラフィックという言葉を日本語にすれば「人口統計上の」というような意味になります。その主な項目を図示してみました。

これを説明する時、私は「クレジットカードを申し込むときの記入内容みたいなもの」と言います。数字であらわせたり、分類項目から選ばれるようなものと言えるでしょう。

それでは、なぜこれらに依存することが問題になったのでしょうか。

1つは、日本人のライフコースが多様化したこと。

もう1つはインターネットの発達で人々の消費行動が可視化されるようになったことが理由だと思います。

まず、ライフコースの多様化については未婚率が上昇したことや、女性の就業率が向上したことが挙げられると思います。

高度成長期であれば「30代女性」というターゲット設定をした時は「子どものいる専業主婦」という暗黙の了解がありました。しかし、そのような発想は現在において通用しないことは自明でしょう。

一方で50歳男性の未婚率は2020年国勢調査のデータで25%を超えました。同年齢でも家族形態がさまざまになれば、同年齢でもニーズは異なってくるのです。

その一方でテレビの視聴データが「性・年齢」の区分までしかわからないことへの不満もありました。そうした状況でインターネットが急速に普及していきます。

「買いたい人」が見えるようになった

インターネットによって、ターゲティングの概念は大きく変わりました。人々が「どのようなことに関心を持っているのか」「どんなものを買っているのか」というようなデータが明らかになってきました。

たとえば「ナチュラルチーズを食べたい人」を探すのに、デモグラフィックで分析するよりも「ワインに興味を持っている人」を狙う方が効率がいいかもしれません。

そして一度購入すれば、データに基づいて「おすすめ」をしていきます。精度も高く自動化されたターゲティングが進めば、デモグラフィックをもとにした考え方は時代遅れに見えてきたのだと思います。

ところが、現在の個人情報保護の潮流の中で、こうしたターゲティングもまた大きな転機を迎えています。こうした時には、もう一度原点に立ち返って考える必要があると思います。

「狙う」のではなく、まず「向き合う」へ

では、このような変化の中でターゲティングはどのように考えればいいのでしょうか?

ターゲティングの精度が上がるほど、「狙って当てる」確度は高まります。しかし、これからはその発想を変えていくべきではないでしょうか。

これから提供する製品やサービスを求めるのは、どのような人なのか?さまざまな人々の気持ちに「向き合う」ことが、まず大切になると思います。

たとえば「家事の時短」をテーマにした製品を発売することになったとします。電気製品でも食品でも構いません。まず、どのような人をターゲットとして考えるでしょうか?

まずは「働いていて育児をしている親」を想定する人は多いと思います。日本では家事の分担が進んでいないので、現状では女性の方がよりニーズがあるように思えます。

しかし、そのようにして「狙われた」女性は、広告に反応してくれるでしょうか?むしろ「何か家事をしなくてはと思いつつ、きっかけのつかめない男性」に対して、メッセージを発してみることは有効ではないでしょうか。

また、子育てを終えたいわゆる「シニア層」は「もっとラクをしたい」という思いも強いかもしれません。ある程度家計に余裕のある層なら、「おカネを払って解決する」という選択をする可能性もあります。

このように少し考えただけでも、ターゲティングの可能性は、実に多様であることがわかると思います。

じっくり考えたうえで、データを活用する

先に挙げたような思考は、ある意味当たり前のように聞こえるかもしれません。しかし、デジタル化が進行してデータが充実してきた過程で、疎かになっているようにも感じます。

「時短」を求めている人は、オンライン上のデータでつかむことはできるでしょう。しかし、潜在的なニーズを捉えるには、一度顧客の気持ちとしっかり向き合って、自分なりにターゲットを「描く」ことが重要ではないでしょうか。

個人情報についての制限が強まるとはいえ、オンライン上には多くの有用なデータはあります。ニーズのある人に「狙って当てる」ことは、これからも行われるでしょう。

一方で、「言われてみて気づく」というのは、広告の大きな効用だと思います。

誰でも、「自分に合った製品やサービスを求めたい」という気持ちはあると思います。広告は、そのための「適切な情報」として機能することで社会的な価値を持っているはずです。

「狙って当てる」ことだけが広告の役割だと思ってしまうと、個人情報の制限は逆風に見えるかもしれません。ターゲティングを「向き合って描く」思考だと捉えなおすことで、広告の可能性は高まるのではないでしょうか。

もう一度、デモグラフィックを学び直す

このようにターゲットと向き合うためには、デモグラフィックデータを学び直すことが大切だと思います。

デモグラフィック依存が問題だったのは、日本人のライフコースの多様化を捉え切れずに「性・年齢」で思考して来た過去の習慣から抜けられなかったことにあります。

しかし、現在の人口統計などをキッチリと見直せば有効に活用することはできます。

先の例で挙げた「子育て層」「シニア層」なども、デモグラフィック変数からの発想です。さらに居住地や所得などを考慮すれば、より具体的にターゲットは見えてくると思います。

実際に商品開発の現場のプロセスを見ていても、デモグラフィックを精緻化すればかなり有効なターゲットが設定できていると感じます。

心を動かすクリエイティブを

それでは、広告コミュニケーションに関わる人は、ターゲティングについてどのようなことを心がければいいのでしょうか。

まず広告をプランニングする人々は、広告主の意図をしっかり受け止めているだろうか?と改めて自問することが大事だと思います。

効率的な運用だけではなく「メッセージを本当に届けたい人は誰か?」と考えて、場合によっては広告主に対して新たな切り口の提案をすることも必要でしょう。

もう1つは、ターゲットの気持ちを深く掘り下げたクリエイティブの開発だと思います。

既にさまざまな知見は蓄積され効果も検証されていますが、それはターゲティングの精度が高かった環境でのことです。今後の状況変化によっては、さまざまな人に気づきを与えるような、よりインサイトを捉えたクリエイティブが求められるでしょう。

ビジネスの環境が変化する時は、一見逆風に見えることを克服することで、一転して追い風を受けることがあります。そのようなときには、一度古くなったかのような知見が生きることもあるでしょう。

これからの状況はまだ不透明ではありますが、ターゲティングをもう一度考えるにはちょうどいい機会なのではないでしょうか。

Webサイト:http://www.naotoyamamoto.jp

※続く第4回「ポジショニングは“差別化”よりも“納得化”」はこちら


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